【徳川吉宗】
徳川御三家である紀州藩の第2代藩主、徳川光貞の四男として生を受け、光貞と二人の兄を亡くした後に紀州藩主となり、厳しい藩の財政再建に挑み成果をあげ、政治家として優れた手腕を発揮します。江戸幕府の第8代将軍に就いてからもその手腕はひかり、質素倹約を奨励し、広く市民の声を聴くために目安箱を設置したり、公事方御定書を制定するなどの「享保の改革」を実行、見事に破綻しかけた幕府財政を復興させ、江戸時代を代表する名君の一人として名高いです。
【武蔵坊弁慶】
源義経の家来として知られる武蔵坊弁慶だが、その生誕地は現在の和歌山県田辺市だといわれています。幼い頃は鬼若と命名され、乱暴者で手がつけられず、修行のために比叡山にいれられますがあまりの乱暴ぶりに追い出されてしまい、それから自ら剃髪して武蔵坊弁慶を名乗ったのです。その後、京の五条大橋で義経と運命の出会いを果たし、決闘に敗れた弁慶は生涯、義経の家来として義経を守り続けたのでした。源義経の平家討伐には、武蔵坊弁慶の力なくては成就しなかったことでしょう。